スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告

NOTE 85) 縁というもの partⅡ

 2014-07-16
大川中学校の跡地に「野菜工場」ができたと聞いて行ってみました。

大川中学校は大川小学校より少し上流にあった中学校です。
震災の際は北上川の堤防を越えて押し寄せた津波に1階部分がガレキとドロで埋まりました。

st-school21.jpg
st-school26.jpg
st-school27.jpg
↑HP 大川中学校「津波」そのとき より

3.11は丁度卒業式当日で、午前中に式を終え、被災時刻には生徒達はすでに帰宅していました。
その為、大川小学校と違って、学校で被災した生徒はいませんでした。
(帰宅した自宅で被災した生徒達は何名かいました)
僕がお世話になったボランティア団体が
この大川中学校のガレキ撤去、ドロ出しの作業に入ったのは4月の半ばでした。

IMG_1607-2.jpg
↑HP 大川中学校「津波」そのとき より

当時は中学校が再開されること信じて、横断幕に「よみがえれ 大川中学校」と題し、
ボランティアのみんなで、寄せ書きをしていました。

volunt05.jpg
↑HP 大川中学校「津波」そのとき より

その大川中学校の閉校が決まったのは、震災から2年後。
同じ学区の大川小学校の児童の多くが被災した為、短期的に生徒数が激減すること、
また長期的にみても学区内に津波危険地区に指定されたところが多く、
今後も生徒数が増えないと判断された為、市内の別の中学校との統合が決まりました。
閉校式が行われたのは、2013年3月9日です。
その後校舎は夏までに解体されました。
今までいろいろ地区の人のお話をお伺いしてみると、
大川中学校の統合にしても、解体にしても
あまり地区の人達に説明がないまま進んでいたようです。
閉校後の校舎の市民利用についても、いろいろ要望はあったようですが、
おそらく国の復興予算で取り壊す期限が迫っていたから、
急いで閉校、解体したということのようです。

そんな大川中学校の跡地はどうなるのかと思っていたところ、思わぬニュースが。
なんと全天候型水耕栽培施設「野菜工場」ができたと言うではありませんか。

無題
↑河北新報より

実はこの野菜工場の話は東北復興関連のセミナーでたびたび取り上げられていて、
よく耳にしていたプロジェクトの話だったのです。
津波による塩害の影響もなく、単一品種が一年中連作できる効率的な栽培法として、
注目されていました。しかも無農薬で安心安全な野菜の栽培が可能なのです。
しかし今までの農業政策で、単一の農家で行うには、初期設備費用などの課題が多く、
あまり進んでいませんでした。そのあたり、本来企業がやっていくものなのですが、
現行の農業政策って、農家を守る為、企業が参入しづらくなっています。
それが被災地に関していえば、地域再生の為、
国も地方も行政が積極的に企業誘致を行っているため、
この「野菜工場」が農業再生の目玉のひとつとして復興関連政策の中で取り上げられていたのです。
野菜作っている自分としては、すごく興味があったので、知っている場所で実現しているとは、
びっくりです。

IMG_0995.jpg

この大川中学校の跡地にできた野菜工場は、
東松島にある「東部環境」さんという会社が運営しています。
「東部環境」さん自身今回の震災で海岸近くにあった会社が被災しましたが、
早期の事業復帰を目指して社員一丸となって、復旧にあたったそうです。
そして以前から野菜工場とメガソーラー事業を計画していた社長さんが、
高校時代の同級生が大川出身だった縁で、大川中学校の跡地での事業化を決めたそうです。

この「野菜工場」を訪れたのは、土曜日の夕刻でした。
とりあえず外観の写真でもとっておこうと思い、工場前で撮影していたら、
中で作業していた人とばっちり目が合ってしまいました。

IMG_0992.jpg

当然怪訝な顔をしています。何の連絡も入れてませんので、当り前ですが...。
これはちゃんとお話ししないと不審者と思われると思い、ハウスの入口の方へ歩いていくと、
先方の方でもこちらに近づいてきます。

そこで大川中学校のドロ出しの作業を手伝ったボランティア団体に所属していたことを伝えて、
跡地に「野菜工場」ができたと聞いたので見に来ました。と伝えたところ、
親切に中まで案内して頂きました。

IMG_0993.jpg

6月の上旬に稼働したのですが、その日は早くも一回目の収穫を終え、出荷した後とのこと。
種まきから1ヶ月で出荷って、すごくないですか?
作っているのは葉物野菜のルッコラ、からし菜、レタス等。ベビーリーフとして出荷します。
商品名は「良葉東部」で「イーハトーブ」と読ませるそうです。
「良質な葉物野菜を育てたい」という願いと社名を組み合わせて、
読み方は宮沢賢治の作品に登場する理想郷から引用したということです。
ハウスの中でお話を聞きながら、このベビーリーフを何枚か食べさせてもらったのですが、
形が良く、香り、味もしっかりしていておいしいベビーリーフでした。

この野菜工場の責任者の方が、社長さんの同級生のようでした。
野菜工場の建設は社長の強い想いがあったからとおっしゃってました。
またお子さんが大川小学校に通われており、被災したこと。
その息子さんは僕が毎年行っている福地の夏祭りでお世話になっているSさんの娘さんと同級生であることなど、
当時のことなどもお話ししてくださいました。

来年には野菜工場の横にメガソーラーシステムが出来上がるそうです。
この地区の新しい施設として、地域の復興が進んでいくのではないでしょうか。

ひととおり見学させていただき、お別れするする際に
「また寄って下さい」とお言葉をいただきました。
メガソーラーシステムが完成したら、また見学させていただきます。

つづく
スポンサーサイト
カテゴリ :東日本大震災
最新の記事へこのページの先頭へ↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。