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NOTE27)子連れボランティア partⅡ

 2011-08-18
8/5はいつもと一緒、朝5時に出発しました。
なるべく混まない時間帯を走りたいのと、初日は時間的にボランティアへの参加が難しいので、その後の被災地の様子を見て回りたいと思ったからです。
ところが東北道を福島へ入ろうとする頃、福島西ICから福島飯坂ICまで通行止の表示が。
どうやら事故のようです。1時間以上ロスしたでしょうか。

なんとか東北道から仙台東部道路へ。ここから道は海へ向かって走ります。
そして仙台空港の近くまで行ってからまた北へ向かいます。この仙台東部道路は高台になっていて、仙台平野の津波をここで止めたと言われています。
つまり、この道路の海側が津波によって被害を受けた地域です。

ゴールデンウィークの時は泥に犯された茶色の大地に、スクラップ状態の車、半壊した家が点在していて、なんとも殺伐とした風景でしたが、今回は半壊した家は点在しているものの、車はほぼ片付けられ、大地も雑草が青々茂っており、印象は随分変わったものになっていました。

11 名取市
↑GW時に撮影したもの  
↓7月中旬の様子(WEBより:今回の印象と近かったので)
名取市付近

丁度お昼頃仙台につくと七夕の飾りつけの真っ最中でした。
仙台駅付近は一見いつもと変わらぬ日常に戻っているようです。

七夕飾りつけ

その後、石巻市街へ。
石巻にはGW以降何回か来ているのですが、個人宅のガレキが片付き、一部工場は再開しているので、GW来た時よりも随分片付いている印象もあるのですが、多くの家屋は半壊のまま残っているし、積み上げられたガレキの量は半端ないし、再開されていない工場はガレキのままのところもあり、とても復興が近いとは思えません
はじめて目の当たりにする息子は何よりも津波の破壊力のすごさに驚いているようでした。

石巻
石巻ガレキ

石巻市街からは、女川から雄勝を抜け、河北VCを目指すルートをとりました。

女川は私自身行くのは初めてなのですが、石巻市に囲まれた小さな町で、
復興支援も行き渡っていないと聞いていたので、どのような状況か興味がありました。
そして女川の漁港です。

女川1
女川2
女川3
女川4

ここもかなり津波の威力が強かったようで、鉄筋コンクリートのビルも傾いていました。液状化現象も起こっていたのかもしれません。
町には人影もありませんでした。
車を止め息子に津波の様子を説明しますが、息子はうなづくだけです。

雄勝
ここは前回小さな海岸のガレキ撤去作業をした場所です。
海岸は随分きれいになっていて、今日はボランティアも入っていないようです。
雄勝の町にはまだビルに乗り上げたバスがそのままでした。
今回気がついたのですが、同じカラーリングしたバスが町のあちこちにありました。
元は1か所にあったものが、津波によってそれぞれに流されてしまったようです。

雄勝1
雄勝2
雄勝3

そして大川小学校へ。この小学校のことは息子にもよく話しておきました。
今回の震災の中でももっとも大きな悲劇のひとつではないでしょうか。
果たして天災なのか人災なのか。
学校・北上川・逃げようとした高台・背後の山などの位置関係を見るにつけ、
何故という疑問が湧いてきてしまいます。たとえ河口から5km離れていても、
津波警報は知っていたのですから...。やはり経験は大事なのです。

高台の近くに献花台が置かれ、地元のかたばかりでなく、
町外の方、はたまた県外の方まで絶えずお参りに来ています
私達も心からご冥福をお祈りし、手を合わせました。
ここでは息子もとても写真をとる気分にならなかったようです。

私もGWに被災地に入っていろいろ見てきた時、とても恐ろしい感じがしました。
今テレビで映し出される海外の戦争の実際の映像より遥かに壊滅的です。
あえて自分の記憶から探しだすとすれば、それは東京大空襲後の焼け野原になった東京下町の写真か、原爆投下後の広島の街の写真のイメージに近い光景です。

果たして中三の息子には、震災後5ヶ月たった被災地の様子がどう写ったのか。
テレビで見ているのとは全然違うとは言っていましたが、年頃のせいか親には多くを
語りません。

こうしていろいろ回り道をしながら、夕方5時頃ボランティアセンターに入りました。
センターは6月までは公民館を借りていましたが、契約満了に伴い、7月からは公民館から50m位離れた古民家を使わせてもらっています。

ボランティアセンターに着いて、担当の方からいろいろ説明を受けます。
中三の息子には丁寧に説明していただきました。
ここのボランティアセンターで行っている作業のこと、この地域のこと、センターでのスケジュール等等。
息子もボランティア作業の具体的な中身がわかってきたようです。

つづく。
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カテゴリ :東日本大震災
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