スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告

NOTE 18)漁具の回収再び(ボランティアに参加して Part2-2)

 2011-06-24
初日(6/17)は歌津で発泡スチロールの現場を視察した後、前回同様河北のボランティアセンターへ向かいました。
1ヶ月半ぶりに訪れて感じるのは周りの景色の緑が濃くなったこと。
田んぼにも稲が植えてあるところが目に付きます。季節は確実に変わっています。

さて、翌日(6/18)。
実はこの日は震災からちょうど100日目。各地で百か日の法要が営まれます。
もちろん、ボランティアセンターの近くの大川小学校でも。
私たちボランティア一行は、朝センターを出発し、牡鹿半島の小渕浜に向かいました。ここはゴールデンウィークに樹脂製のフロートを回収した小網倉浜より先、あの対策本部になっているコンビニの近くの漁港です。向かう道すがらの被災地の光景は、ゴールデンウィークの時よりは幾分片付いているようでしたが、まだまだ先は長いと感じさせるものでした。
小渕浜も小網倉浜同様カキの養殖などが主の漁港でしたが、津波によって壊滅的な被害を受け、今も行方不明者が数名います。もちろん海辺の建物のほとんどは、元の姿を残していません。山側に残っている家屋もほとんどが浸水の被害を受けています。

obutihama1
obutihama2
obutihama2

今日の作業は漁具の回収。
といっても前回の樹脂フロートのような大物ではありません。ホタテの貝殻です。
これはカキの養殖用に使われており、貝殻をヒモでつなぎ合わせ、養殖用のイカダから海に吊るします。その貝殻の間でカキの稚貝を育てているのです。
前回小網倉浜で作業していた時も至るところで散乱しており、もう使いものにならないものと思って、バリバリ踏み潰していたのですが、実はまだまだ使えるものだったそうです。樹脂製フロートと比べれば当然価格は安いのですが、数が多く、改めて購入するとひとつの養殖場で数百万の費用になるそうです。
しかし貝殻はあまりに細かく大量なので、漁師さん達もあきらめていたのですが、ボランティアの人間がそれを聞きつけ、少しでも使えるものは回収しようということになり、この作業をすることになりました。

8m四方くらいでしょうか、道路からどかされてホタテの貝殻が50cmくらいの高さで山積みされています。しかし、重機などで集めたために現状はガレキも混じり、ヒビが入ったり、割れてしまって使えないものもかなり混ざっています。それを人の手で選別し、別の場所に移すのです。
これも見た時は果てしない作業と思われました。
しかし40名の人の手によって2日間でやり終えたということです。
(自分は2日目の作業が別の場所になった為、きれいになったところを見ることができませんでした。)

obutihama4
obutihama5


昼休みの時でした。一台の車がガレキの漁港に止まりました。
中から喪服をきた4名の男女が降りてきました。手には花束をもっています。
岸壁まで来ると、手にした花束を海へ投げ入れ、
「おばぁーちゃーん、どこにいるのー」と海に向かい叫んでいました。
涙声と嗚咽...。100日目の現実でした。

私たちボランティアも地震発生時刻である14:46には作業を止め、一分間の黙祷を捧げました。100日たった今も解決していない現実に触れ、ただ海に向かい頭を下げ、目を閉じ、ご冥福をお祈りするばかりです。

この日の作業は15:00過ぎで終了しました。
満潮になり埠頭の至る所が水没しはじめたからです。
細かい作業でしたが、かなり腰に負担がきました。ホタテ貝恐るべしです。

つづく
スポンサーサイト
カテゴリ :東日本大震災
最新の記事へこのページの先頭へ↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。