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NOTE 91)

 2014-10-31
夏の出来事を書けずに2ヶ月。
自分なりに思うところがあっていろいろ考えているうちに時間ばかりが過ぎて行く。

今年の夏、いつものように福地の夏祭りに参加する為東北へ。
ルートは常磐道経由でいわきで高速を降りて、
そこから南相馬まで一般道で原発事故による規制地域を迂回するルート。

福島県HPにある迂回路図を見ると、いわきから南相馬まで一般道を使って迂回すると140kmあるとのこと。
いわきと南相馬は直線距離だと70km位だから約倍の距離ということになる。

果たして一般道を走ってみると...。
しばらくは日常となんら変わらない道を行く。但し、浪江方面に抜ける道にはすべて通行止めの案内板。
349号線を北上すること1時間半。
ようやく「南相馬」方面の看板が見えた。
原発の警戒区域の広大さを肌身で感じることになった。

この「南相馬」方面の交差点を右折し、349号線から12号線に入ると、状況が一変した。
IMG_1037.jpg

そこは居住制限区域に指定されている「飯館村」だった。

谷合の広大な田んぼは雑草に覆われている。
町には人の気配はない。商店や公民館は閉じられたまま。
ここも雑草が生えるのにまかせたまま。
廃墟同然の店舗も。
そしてそこかしこにはためく黄色の幟。そこには「除染作業中」の文字が...。
時折目に入るのは黒いフレコンバッグ。野積みされている...。

除染は基本的に表土を剥ぎ取り、変わりの土を入れる。
それは農地も変わりない。道路や宅地と同じだ。

米や野菜作りの基本は土づくりにある。健康な土だからこそおいしい米や野菜ができるのだ。
表土を入れ替えられることは、致命的なことなのだ。
また何年もかかる土づくりを始めなければならない。

さらに放射能の放出が止まっているわけではない。
基準値(基準値ってなんだ?)以下の放射能は今も毎日放出され続けている。
7月には原発のガレキ撤去作業に伴い、高濃度の放射能に侵された粉塵が風に流され、
相馬市の試験米が汚染され、基準値を超える放射能が検出される事態になった。
廃炉まで何十年かかるかわからない。
その廃炉作業中にまた、なんらかの事象で放射能が拡散されるかもしれない。

直近の食品中の放射性物質の測定結果は以下の通り。

■食品中の放射性物質測定結果~平成26年度8~9月

測定品目    測定件数  セシウム検出件数  検出値(最大値)
アミタケ      1件      1件         10,900.0 Bq/kg
アワタケ      1件      1件           926.0 Bq/kg
イノシシ      2件      2件          7,550.0 Bq/kg
イノハナ     15件     15件         72,100.0 Bq/kg
クリ        14件     14件           387.1 Bq/kg
ゴーヤ(鉢植え)  3件      0件          ND(検出せず)
サクラシメジ    3件      3件         40,700.0 Bq/kg
千本シメジ     1件      1件           219.0 Bq/kg
トチの実      5件      5件           591.0 Bq/kg
花ミョウガ     22件     19件           349.6 Bq/kg
ブルーベリー    2件      2件           130.0 Bq/kg
マツタケ       4件      4件          1,710.0 Bq/kg
メグスリの木    1件      1件           724.0 Bq/kg
ヤマボウシ実   15件     15件           218.6 Bq/kg
ヨモギ        27件     26件          2,840.0 Bq/kg

いいたて村までい企業組合HPより

震災前の飯舘村の「までい宣言」

「までい」というこの言葉は、私たち飯舘人が古くからなじんできた言葉です。
私たちは、親や年寄りから
「食い物はまでいに(大切に)食えよ」
「子供はまでいに(丁寧に)育てろよ」
「仕事はまでいに(しっかりした・丁寧に)しろよ」
と教えられてきました。
「手間隙を惜しまず」「丁寧に」「心をこめて」「時間をかけて」「じっくりと」
そんな心が“までい”にはこめられているのです。

私たちは
「手間隙を惜しまず」「丁寧に」「心をこめて」「時間をかけて」「じっくりと」
「つつましく」暮らす、飯舘流スローライフを
“までいライフ(MADAY LIFE)”と呼ぶことにします。
これはファーストライフの対義語ではなく、
また、これまでの多くの行政施策に見られたイベント中心の一過性のものでもありません。
私たちのふるさと飯舘村が本来持っている歴史や風土を再認識し、
人間本来の楽しい「暮らしぶり」や「生きざま」をつくりあげようという、
飯舘流スローライフ「までいライフ」の提案てす。


戻りたい人、戻りたいけど戻れない人、戻らない人...。

何なんだろう目の前に広がってる風景は...。
こんな風景があっていいはずはない。
IMG_1038.jpg

大型ダンプが粉塵を巻き上げて走り過ぎて行く。

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カテゴリ :東日本大震災
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